最近当ページの記事・写真を無断で引用して、同業者が販売用資料として 配られている事例をよく見かけるようになりました。 ここでの記事・写真はサイト管理人が直接職人さんを訪ねて取材・撮影したものですので 無断引用・転載は堅くお断り申し上げます。 |
越後の職人一覧 (順次追加していきます。) | |
鉋鍛冶 | 故 碓氷健吾氏・故 横坂正人氏・中野武夫氏・水野清介氏・椛澤貞雄氏・ 船津祐司氏 |
ノミ鍛冶 | 田斎明夫氏・碓氷淑郎氏・ 羽入康氏・故 山田賢一氏・故 山崎韶一氏 |
彫刻刃物鍛冶 | 故 川野清松氏・梅田効作氏 |
墨壷職人 | 故 田巻勇氏・田巻勇一氏 |
鉋台入れ職人 | 西村祐一氏・渡辺光雄氏 |
小鉋鍛冶 | 小森秀樹氏・栗山昇氏(廃業) |
釿・鉞鍛冶 | 故 高木順一氏 |
玄能鍛冶 | 近藤栄八郎氏(廃業) |
うすいけんご 高級鉋の名工 故 碓氷健吾氏 |
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新潟県与板町住。 夫婦鉋(寿一、明寿)などで道具曼陀羅にとりあげられ、 全国的に有名になった碓氷健吾氏だが、この2〜3年 『削ろう会』で「晩悠」・「健明」の鉋が脚光をあびている。 ただ、本人が高齢なのと後継者がいないので その卓越した技を直接受け継ぐ者がなく全国の ファンから惜しまれている。 もっと知りたいなら 碓氷さんの知恵袋 |
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【碓氷健吾氏経歴】 昭和3年9月28日生まれ 昭和27年4月 独立開業 昭和28年8月 第2回全国輸出振興展 東京通商産業局長賞受賞 昭和28年10月 東京の三代目千代鶴延國さんの師匠、千代鶴是秀さんを訪問 (義兄碓氷金三郎さんにつれられて) 昭和48年11年 村松貞次郎先生来宅される。 昭和60年 竹中大工道具館に記録映画 「夫婦鍛冶」収蔵 昭和61年 越後与板打刃物 伝統工芸士認定 平成元年 国立民族学博物館(大阪)映像資料「鉋づくり」-現代に生きる職人の技- 研究資料として保存(2時間4分) 平成3年 第15回全国伝統的工芸品展 伝統的工芸品産業振興協会長賞受賞 平成6年 第18回全国伝統的工芸品展 通商産業省生活産業局長賞受賞 平成13年 勲六等瑞宝章受章 平成24年3月26日 ご逝去されました。 |
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碓氷さんの素敵な写真がいっぱいの碓氷健吾氏フォトギャラリー | |
碓氷さんの代表鉋の鋼と製造期間のリスト |
よこさかまさと 高級鉋の名工 横坂正人氏 |
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新潟県与板町住。 横坂氏は碓氷健吾氏とともに近年「削ろう会」で活躍し 注目をあつめています。 「楽山」銘の鉋は「横坂正人作」の名前とともに根強い 支持を受けています。 「質実剛健」という言葉が似合う「楽山」はこれから 注目される鉋です。 |
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【横坂正人氏経歴】 昭和15年1月7日生まれ 昭和30年 「不二定」銘の鉋を製作の父横坂直人氏を手伝い。 昭和36年 東京 国貞さんに修行。 昭和39年 独立開業。 平成8年 本「住宅建築」7号の「技を支える道具づくり」コーナーに紹介される。 平成9年 「楽山」製作開始。 平成10年 本「ウッディライフ」No76「めざせ!木工具の達人」コーナーに紹介される。 平成13年 越後与板打刃物 伝統工芸士認定 平成26年11月 ご逝去されました。 |
なかのたけお 高級鉋の名工 中野武夫氏 |
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新潟県与板町住。 中野氏は当社オリジナルの鉋「スーパー橘敏明」「橘特選 桔梗」など数多くのロングセラー鉋を製造しております。 その鉋の切れ味やクレームのなさなどは安心して販売できる 安定感があります。 現在「村のかじや」の中心メンバーでそのまじめな人柄 からも将来の与板町の鉋鍛冶のリーダーです。 |
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【中野武夫氏経歴】 昭和16年1月1日生まれ 昭和34年 鉋鍛冶の家業を継ぐ。 平成3年 一人立ちして独立開業。 平成13年 「村のかじや」で活躍する。 |
やまだせいさく 高級鉋の名工 故 山田清作氏 |
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新潟県与板町住。 山田氏は当社オリジナルの鉋「橘城」「王道」など数多くの ロングセラー鉋を製造しております。 その切れ味、使い易さ、お値打ちな価格などで当社の鉋の中で 最多販売数量を誇ります。 販売数量に対してクレームもほとんどなく、 安心してお使いになれる鉋です。 |
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【山田清作氏経歴】 昭和6年10月28日生まれ 昭和24年 鉋鍛冶に弟子入り。 昭和40年 独立開業。 平成16年9月20日 ご逝去されました。 |
みずのせいすけ 高級鉋の名工 水野清介氏 |
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新潟県与板町住。 水野氏は当社では数多くのお値打ちな鉋の製造を してもらっています。 その価格以上の切れ味、使い易さで20年以上の販売実績が あります。 近年は鉋の他にもJKG(ジャパン・ナイフ・ギルド)カスタム ナイフショーに毎年出店されオリジナルカスタムナイフの製造でも 人気を博しています。 現在、故碓氷さんの門下生としてがんばっておられるます。 |
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【水野清介氏経歴】 昭和25年1月24日生まれ 昭和40年 鉋鍛冶の家業を継ぐ。 平成13年 越後与板打刃物 伝統工芸士認定 |
かばさわさだお 高級鉋の名工 椛澤貞雄氏 |
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新潟県長岡市脇野町住。 鉋鍛冶の父(三五郎)から15歳で鉋造りを学ぶ。 三条の岩崎航介博士に教えを請い合格証書を受ける。 途中、生計のためガードマンや運転手もしながら鉋造りを続け 平成21年伝統工芸士に認定される。 岩崎重義氏から「貞時」の銘を受け、余生を鉋造りに賭ける。 |
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【椛澤貞雄氏経歴】 昭和10年4月26日生まれ 昭和25年 鉋鍛冶の父(三五郎)から鉋造りを学ぶ。 昭和35年ころ 三条の岩崎航介博士の教えを請い合格証書を受ける。 生計のため、会社勤めをし、定年後鉋づくりに精進する。 平成21年 伝統工芸士認定 |
ふなつゆうじ 高級鉋・ノミの名工 船津祐司氏 |
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新潟県与板町住 鑿鍛冶として「元寿舟弘」などを製作しておりますが、 平成9年ころから日本一の鉋鍛冶と称され2012年3月に おしまれつつ亡くなった故碓氷健吾氏に師事して 鉋造りを学んでいました。 碓氷健吾氏亡き後、テレビ東京「和風総本家」で 後継者として紹介されました。 現在越後の刃物造りのリーダーとして 仕事に励んでおります。 |
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【船津祐司氏経歴】 昭和21年3月31日生まれ 15歳から父(幸三)を見ながら鑿鍛冶の仕事を学ぶ。 20歳で日立金属工業安来工場で鋼の熱処理を学ぶ。 27歳ころから鉋鍛冶の故碓氷健吾氏に師事して鉋造りを学ぶ。 37歳で刀匠「雲竜子」渡辺源次氏の門をたたいて玉鋼の技を教わる。 平成3年に「伝統工芸士」の認定を受ける。 平成9年の「削ろう会」の発足当時から関わり、現在も会員として幅広く 活躍中。 平成28年秋 瑞宝単光章受章 |
やまだけんいち 高級ノミの名工 山田賢一氏 |
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新潟県三条住 100年以上続く三条ノミの名門「海弘」の四代目です。 田斎さんも「山田系統」です。 50年以上ノミ鍛冶をされても今でも勉強といわれる謙虚な 姿勢に頭が下がります。 鋼に安来白紙2号を使い、松炭焼入れにこだわって 製造されています。 |
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【山田賢一氏経歴】 昭和9年11月13日生まれ 昭和24年 中学校卒業後、三代目海弘について家業を継ぐ。 昭和54年 三代目体調不良で引退され、四代目として一人立ちする。 四代目海弘として松炭焼入れにこだわって良いノミを作り続けています。 平成27年8月 ご逝去されました。 |
うすいよしお 高級ノミの名工 碓氷淑郎氏(四代助丸) |
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新潟県与板住 100年以上の伝統をもつ助丸の四代目として伝統技術と 新しい技術(NC制御)の融合で他の鍛冶屋さんとは違う 新しいノミを製造しています。 全ハイスノミは碓氷さんの特許製法にて製造されています。 |
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【碓氷淑郎氏経歴】 昭和22年6月7日生まれ 昭和38年 三代助丸である父の家業を継ぐ 最新のNC制御を使い従来の鍛冶屋さんの枠を超えたノミ作りを20年以上前からやっています。 |
はにゅうやすし 高級ノミの名工 羽入康氏 |
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新潟県与板住 普段の仕事に使うノミを安定的に製造してくれる貴重な ノミ鍛冶です。 弊社前身の石黒産業時代から50年近くの取引があります。 自分のオリジナル銘はもたず問屋銘での販売ですが、 販売数量のわりにクレームもなく安定した製品を作られる 鍛冶屋さんです。 |
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【羽入康氏経歴】 昭和23年3月19日生まれ 昭和39年 16才で与板のノミ鍛冶久住誠治氏に師事する。 昭和42年 父の家業を継ぐ。このころ石黒産業と取引始まる。 その後現在まで奴、厚、ダメ切ノミなどで弊社との取引継続中。 |
やまざきしょういち 木型屋ノミの職人 故 山崎韶一氏 |
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新潟県与板住 「韶山」銘のノミがご自分の本銘ですが、問屋銘で 木型屋さん関連のノミが全国にでています。 工場見学で来られた職人さんがそれぞれ 自分の使っている銘を言ったらほとんど山崎さんが 作ったノミだったというエピソードも。 「なんでも作る」大事な鍛冶屋さんです。 |
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【山崎韶一氏経歴】 昭和10年6月23日生まれ 昭和26年 16歳で中川ノミに弟子入りする。 昭和34年 24歳で独立する。 木型屋ノミを中心に薄ノミ、コテノミ、外丸・内丸ノミなど型変わりノミなどを得意とする 鍛冶屋さんです。 平成22年8月15日 ご逝去されました。 |
かわのせいまつ 彫刻刃物の名工 故 川野 清松氏 (清玄) |
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新潟県与板住 ノミ造り50有余年の修行と経験を経て創作刃物造りに 専念する。 現在、木彫ノミ、彫刻刀を主体に木に愛着をもち心技体を 刃物に打ち込むかたわら色々な創作刃物を生み出す。 越後与板が誇る兵部ノミの伝統を受け継ぎ、 刃物一筋に生きる事は鍛造火造りによる業界だけに 可能な極意であり、清玄の自信の逸品である。 |
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【川野清松氏経歴】 昭和2年11月14日生まれ 昭和32年 独立開業 昭和48年 後継者として長男仕事に従事 昭和52年 次男仕事に従事 昭和59年 県商工連合会よりモデル工場の指定を受ける 昭和63年 会社設立 平成4年 現在の場所に新社屋新築 現在河清刃物工業且謦役会長 平成18年3月1日 ご逝去されました。 注:会長の清松氏は亡くなられましたが、河清刃物工業株式会社として、社長である 長男の潔氏を中心に、従業員一同これまでと変わらず良い刃物の製造にがんばって おられます。 |
たまきいさむ 墨壷の名工 田巻 勇氏(壷静) |
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【田巻勇氏経歴】 大正13年10月15日生まれ 昭和20年10月 壷静の商標で開業 昭和50年11月 墨壷の産業振興で三条市表彰 平成25年 ご逝去されました。 |
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たまきゆういち 墨壷の名工 田巻 勇一氏 |
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【田巻勇一氏経歴】 昭和23年8月26日生まれ 昭和42年 2代目壷静として家業を継ぐ |
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新潟県三条市住 近年のプラスチック製の墨壷におされ木製の墨壷の需要が少しずつ減り、後継者不足で 従来の墨壷を作る職人がいなくなる中で今でも欅(けやき)製の墨壷を作り続けています。 最近は従来の鶴亀、龍などのほかに、玄関飾りやギフトに最適な工芸3点セット(三味工房・ 五弦琵琶・紫煙)、飾り用の木製の子供靴、忘れものの墨壷の復刻版など新しい商品にも 挑戦しています。 |
にしむらゆういち 若き台打ち職人 西村 祐一氏 |
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【西村祐一氏経歴】 昭和26年11月29日生まれ 昭和44年 家業を継ぐ |
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当社の「晩悠」「健明」「雪の華」を始め主な鉋の台打ちを してもらって います。 通常、台の小口には「祐」・「三郎」の刻印を打ちますが、 最高級台打ちを示す「謹製祐一作」は台の選別、仕込みを より丁寧にしています。 |
わたなべみつお 若き台打ち職人 渡辺 光雄氏 (小吉屋) |
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【渡辺光雄氏経歴】 昭和31年2月11日生まれ 昭和52年 家業を継ぐ |
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台の小口には「小吉屋」の刻印を打つ。 西村さんとともに鍛冶屋さんの評価の高い台打ち職人さんです。 |
くりやまのぼる 鉋台仕込み名人 栗山 昇氏 (金四郎) |
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【栗山昇氏経歴】 昭和7年7月18日生まれ 昭和21年3月 父初代金四郎について家業を手伝う 昭和36年5月 父病気のため引退。2代目金四郎として あとを継ぐ。 平成23年9月 廃業 |
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「金四郎」の小鉋で有名な業界の第一人者です。 通常の小鉋以外に木型や図面があればほとんどどんな鉋でも 作るすごい職人さんです。 |
こもりひでき 若き小鉋職人 小森 秀樹氏 |
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【小森秀樹氏経歴】 昭和27年4月26日生まれ 昭和46年 三条の金物卸問屋に勤務 昭和49年 家業を継ぐ 平成13年 越後与板打刃物 伝統工芸士認定 |
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当社の青紙付橘敏明の小鉋シリーズを製造。 切れ味の良い小鉋と好評です。 |
たかぎじゅんいち 釿(ちょうな)鍛冶職人 高木 順一氏 |
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【高木順一氏経歴】 昭和12年1月14日生まれ 昭和32年 独立開業 平成31年4月2日 ご逝去されました。 |
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全国でも数少ない(もしかしたら唯一の?) 釿(ちょうな)鍛冶職人です。 現在は、うす堀ちょうな、ナタなどの製造も行っています。 |
こんどうえいはちろう 玄能鍛冶職人 近藤 栄八郎氏 |
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【近藤栄八郎氏経歴】 昭和7年3月20日生まれ 昭和26年 玄能鍛冶を始める 昭和42年 独立開業 昭和63年 自信作の玄能に自分の名前の栄八郎をつけて 製造を始める。 平成9年 玄能の産業振興で三条市表彰。 平成17年ころ 体調不良で廃業されました。 |
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玄能鍛冶約50年よい品を造り続けてできた自信作に 自分の名の「栄八郎」の印を入れて完成させました。 |
うめだ こうさく 彫刻刃物職人 梅田 効作氏(梅心子圀光) |
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【梅田効作氏経歴】 昭和31年7月25日生まれ 昭和55年 家業を継ぎ、 7代目梅心子圀光(ばいしんしくにみつ)として現在に至る。 |
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宝暦年代(1750年代)から続く鍛冶職人の家系で、 現在7代目。 先祖の小右エ門が出色の刃物を世に出し 梅心子圀光小刀の作銘を広く知らしめた。 その子常次郎は刀匠栗原信秀につき焼き入れの 秘法を学んだ。 その作銘「梅心子圀光」は当時の雅客松永造吉の附与した ものとの伝承がある。 |