削り華
                               三浦勝子

 子供の頃、近所で新築や改築が始まるという話を聞きつけると、学校の帰り道、友達といっしょに現場に立ち寄った。お目当ては、大工さんが魔法のようにしゅるしゅるしゅると削り出す帯のような鉋(かんな)くず。子どもたちを前にすると、大工さんは得意そうに「これは東側の柱だ」などといいながら、いっそう張り切って腕をふるったように思う。
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 テープのように長い見事な鉋くずは、いつも男の子にとられてしまい地団太踏んだものだが、先日、滋賀県長浜市で開かれた「削ろう会」に行って、念願の長い鉋くずを手に入れ、永年の胸のつかえがおりた。この催しは全国から腕自慢が集まって鉋がけの技量を競うもので、十一回目になる。
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 熟練者が削り出す鉋くずは向こうが透けて見えるほど薄い。厚さがわずか六〜八ミクロンというから私には神業としか思えない。今では鉋くずとは言わず「削り華」と呼ぶそうだが、こっちのほうがずっといい。ぷーんといい香りのする絹のような削り華を手にして、こういう技術を大切にする人たちが大勢いることに胸が熱くなった。

                2002年4月27日(土) 岐阜新聞 夕刊 夕閑帳から
天然砥石
                                三浦勝子

 前回は、向こうが透けて見えるほど薄い「削り華」を吐き出す鉋(かんな)の話をした。そういう鉋の刃先は、よほどすぐれているにちがいない。鉋の刃をつけるのは砥石だと聞いたが、わたしは削ろう会で鉋の神技を実見するまで、砥石というものに関心を抱いたことがなかったので、関市で打刃物の販売・修理を営む友人に、改めて砥石のことを尋ねてみた。
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 「そりゃあ、刃物にとって砥石ほど大切なものはない。京都でとれる高級天然砥石の中には、一つ十億円するものがあるくらいだ」「ええっ、十億円!」「ニ〜三年食べていけるほどの値の砥石だとか、銀行の貸金庫に預けている研ぎ師の話も聞くよ」-----信じられないような話が続出した。
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 京都は古来、よい砥石が出ることで知られるが、それは二億五千万年前の地層に含まれるという。はるか昔に、地球のダイナミックな動きによって誕生した岩石が、いま、金属に命を吹き込むわけだ。家庭用は合成砥石がふつうだが、わが家では夫が天然砥石を使っている。おいしい料理を作らなきゃ砥石に悪い・・・・・か。

                     2002年5月18日(土) 岐阜新聞 夕刊 夕閑帳から